2020年8月10日月曜日

2020年7月5日 礼拝メッセージ 信仰をもってイエス・キリストを見る

 主日礼拝メッセージ  信仰をもってイエス・キリストを見る

メッセージ:林 幸司 主管牧師

聖書箇所: マルコ6:16、(並行箇所マタイ13:54-58

マルコ 6:4 イエスは彼らに言われた。「預言者が敬われないのは、自分の郷里、親族、家族の間だけです。」

マルコ 6:6 イエスは彼らの不信仰に驚かれた。それからイエスは、近くの村々を巡って教えられた。

Ⅰ.郷里の人々の不信仰

l  イエスが育ったナザレの人々は、彼を小さい頃から知っていたので、救い主として受け入れることができなかった

l  イエスは父ヨセフの息子であり、同じ大工として10年くらいはここで働いた

l  母も兄弟も昔から知っていた

l  イエスが特別な人である筈がないと断定した

l  彼らは、イエスに納得のいく説明を求めた

Ⅱ.不信仰のもたらす結果

マルコ 6:5 それで、何人かの病人に手を置いて癒やされたほかは、そこでは、何も力あるわざを行うことができなかった。

l  イエス・キリストは、郷里の人々の不信仰のために、力あるわざを行うことが「できなかった」

l  たとえ、イエスが多くの奇跡を行ったとしても、彼らにとっては意味がなかっただろう

マルコ 8:12 イエスは、心の中で深くため息をついて、こう言われた。「この時代はなぜ、しるしを求めるのか。まことに、あなたがたに言います。今の時代には、どんなしるしも与えられません。」

l  信仰につながらない奇跡は無益。

l  人間的な理解、説明、視点を持っていても、信仰がなければ力に満ちた神の一人子としては受け入れられない

Ⅲ.信仰をもってキリストを見つめる

マルコ 2:5 イエスは彼らの信仰を見て、中風の人に「子よ、あなたの罪は赦された」と言われた。

l  キリストに対する数多くの見方がある

l  キリストは、ただの人間、すばらしい人物、悲劇のヒーローなど・・

l  聖書よりも、自分たちの考えを優先する時にそうなってしまう

l  人間的な視点を越えて、思い切った信仰をもってイエスを見つめ、受け入れることができるだろうか?

l  イエス・キリストと生き生きした信頼関係を結ぶ時、私達の生活は恵みと奇跡の連続となる